皆さんの電話ジェスチャーって、これですか?

朝の情報番組のスッキリを見ていた時のこと、今の子供たちは電話のジェスチャーが違うらしいのです。今の子たちはの結果は下記だそう。

スマホですね。パカパカの電話とか実物見たことないんだろうな、今や自宅に固定電話がある家も少ないんだなと思いました。自分が生きる時代で、いろんなものの当たり前が変化するのだなと感じます。この世には絶対ってないんだなって。自分の置かれる環境って大事です。育つ地域や学校、働く会社などなどいろんな環境がありますが、皆さんはどんな環境がお好みですか?
私は、クリエイティブが渦巻く活気のある環境が好きです。
そんな今回は、ピクサーの奇跡を設立者本人エド・キャットムル氏が書いた著書。「ピクサー流 創造するちから」をご紹介しようかと思います。

この本は、ピクサーが誕生してから、今までの軌跡をこと細かく書く中で、
- 組織の在り方
- マネージメントするということとはどういうことか
- 経営者が陥ってはいけないこと
などなど、経営者バイブルのような1冊になっています。スティーブ・ジョブズ氏のことも書いています。Appleから追放されたジョブズ氏が、ピクサーを今の立ち位置に持っていくためにどのように関わったのか、彼がAppleに戻った後の革命についても少しだけ書いてありますよ。筆者のエド・チャットルム氏のジョブズ氏への想いなども書かれてます。

すげー本ですね。

はい。あとがき含め413ページであって字も小さいのですが、あっという間に読み終えちゃいましたよ。
この本を読んで思ったことは2つあります。
- 一つは、世の中で成功者として知られている人たちは色んな苦労を経験して、たくさんの失敗をしてきているということ
- 二つは、組織の良し悪しは風通しがいいかどうかで決まるのだということ
日本は失敗は恥ずかしいことだという風習は少なからずあります。何をするにも、初めから成功する人はいません。失敗を繰り返し、それを修正し、諦めないこと(場合によっては手を引くこともある)が大切なんだと思います。「失敗は成功の基」という言葉があるように、トライアンドエラーを怖がらないことです。当たって砕ける勇気。失敗を恐れて、何も行動しない、何かを言い訳にして後回しにすることが、私は一番の「失敗」だと思っています。

隣の芝は青く見えるのは当然です。でも、あの人はいいなーで終わらせていいのでしょうか。努力が実らないことなんていっぱいあります。そこですべてをあきらめるか、もう一度考えて最善を尽すのかが違うのではないでしょうか。
前の記事にも書きましたが、これがすべて正しいとは言いません(あくまで一個人の意見なので)。わたしが完璧に出来ているとも言いません。でも、私はこう受け取って、これを心に留めたいと思ったから、書いてます。
風通しがいいとは、誰でもどんな立場の人でも意見が言える環境です。そこで大事なのは、否定しないことです。どんな意見も、勇気を出して発してくれたこと。それを否定されると、全否定されたように受け取る人もいるということを忘れてはいけません。いつでも賞賛の心をもって、人と接することができれば、その場所は誰にとっても居心地よく、たくさんの意見が飛び交う、非常に生産性の高い活気のある場所になると思います。ピクサーが掲げていた(今も掲げている)モットーが浸透し、本当の意味での働きやすい環境が整うことを切に願います。

モットーって何?

ぜひ本読んでください!

クリエーティブが進む時代で、口先だけでない、「働きやすい環境」を加速させることが今の世の中に必要なことの一つのように思います。私は、こんな環境の整う場所で働きたいと思っています。今も探し続けています。
余談
「組織の良しあし」と書きましたが、これは社会にも言えることだと思っています。顔が見えないからと相手を傷つける人がいる。やっと法律でさばけるようになりましたが、今年それが理由で何人もの有名人方がこの世を去ったことでしょう。(真実は明らかではないですが、少なからず一因ではあると思っています。)
私は、この家族さえどんな時も味方でいてくれるなら、どんなに周りに何を言われようと気にしません。3年半パワハラモラハラで傷ついたからこそ、言えます。直接でも間接でも、人を侮辱する・平気で傷つけるような人の言葉に耳を貸してはいけません。そして、こんなことを相談することは、相手を困らせるから辞めておこうは違います。私もかつてはそうでした。線路に飛び込む寸前まで、1人で抱え込んで追い込んでました。でも、家族は、あなたを大切に思ってくれている人は、言ってくれないほうが困ります。むしろ、そんな思いを打ち明けて、右から左に流すような周りの人がいたら、距離を置いてください。大切な人でも何でもありません。他人です。
逃げるが勝ち。
そんな言葉があるように、その状況から逃げてもいいのです。自分を追い込んでまで、そこにいる意味はないのですから。何か手放す方法がきっとあるはずです。周りにいる大切な人は、きっとほかの方法を一緒に探してくれるはず。信じて、相談してみることです。でも、逃げることと、放り出すことは全く違います。放り出すなら誰だってできます。逃げた先でどうするか。休憩しながらでも考え続けることが重要なのだと感じます。自分の人生なのですから。そのあとの人生を歩むのは他の誰でもない自分です。

どうした、どうした(笑)

熱くなっちゃいましたね。少しでも、この世の中が嫌な場所だけじゃないということを感じれる人が増えたらいいなと思います。

誰(笑)

それでは、この辺で。ごきげんよう。

雑(笑) 相変わらず、自由ですね。

ええ。

自分の人生に向き合って、自分の足で立つことは非常に怖いです。だって、誰かの影に隠れていた方が心が楽ですもん。何か選択したときに決めてもらったほうが楽ですもん。でも何か起こったときに責任転換し続ける人に誰が信頼を寄せてくれるのでしょうか?一人じゃないんじゃないです。必ず側で支えてくれる人がいるはずです。
かなり直接的な言い方になりました。気分を害された方がいれば、申し訳ないです。
ただ伝えたかったことは、誰かを信頼するから、誰かが信頼してくれるのではないかと思うのです。反対もしかり。信頼されるような行動をするから、関係性が出来上がるのではないでしょうか。

いつも書きながら、自分に言い聞かせています。なので、表現が雑な時があります。これから先も多々あるかもしれません。そんな時は、右から左に流していただけると幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。